咸陽宮記事(公開前)

能「咸陽宮」について

■「咸陽宮」、大宮殿を舞台とした非常に壮大な物語という印象です

シテが活躍したり舞うといったことがあるわけではないんです。
ですが、皇帝の威厳が出なくてはなりませんし、大宮殿の壮大さを橋掛からの足運びと囃子方の音楽とで表すんです
三千人の女性と臣下を連れて、門から神殿の奥の院までどれくらいの距離があるのだろうと思わせるようなことですね

玉座についてやっと謡が始まるのですが、シテとワキヅレの掛け合いで荘厳さを表したりします
ですから、ある程度の年齢になったらやる曲ですね
若い方にはちょっと無理と言いますか、私でも貫録が足りないのでは(笑)と思ったり


■見どころというとどういったところでしょうか

両側から剣を突き付けられて絶体絶命になって、そこでも策謀をめぐらせ、どうやった必死の脱出ができるか考えます
そして、花陽夫人(ツレ)の謡も大事なんです
なにか皇帝のためにできないかと一生懸命琴を弾きます


また、琴を弾いて奏でられる素晴らしい調べ、これを表現するのが地謡です
琴の段という箇所があるのですが、優麗でなくてはならない
それでいて最後脱出して逆に荊軻(くさかんむりに「軻」)と秦舞陽という暗殺者をずたずたに斬るところですとか、急展開する箇所の表現もあります
地謡の力が必要とされます


五雲会について、そして五雲会の思い出

■今回で五雲会でシテを勤められるのは最後だと伺いました
 五雲会のことや思い出をお聞きします

今でこそ五雲会は宝生会の主催になって、(パンフレットにも)「若手能楽師の勉強会として始まった 現在も若手を中心とした演能会」という風に銘打っているのですが、元々は私の父や松本惠雄先生たちが20代の頃に先輩にお願いして立ち上げた会なんですね

それまでの宝生会というのは、月一回の月例公演に、お家元(十七世)、野口兼資先生、松本長先生、近藤乾三先生、こういったトップの先生方だけが毎月出演され、髙橋進先生、田中幾之助先生が年に数回ご出演されるかどうか、という状況でした。
ですから、父たちは自分たちにもシテを舞う場を持ちたいとして五雲会を立ち上げて、切符の手配から番組の作成、三役の交渉、会計のやりくりからすべて自分たちでやって会を運営していました
それが今に続く五雲会の起こりです

■若手の勉強、発表の場ということでしょうか

若かった最初のうちは、楽屋働きをしつつ能を舞います
自分の装束を自分で出して、舞って戻ってきたら自分で装束をしまいます

また、自分がシテを舞うことも大事なことですが、地謡の前列で謡うというのが、当時一番の勉強でした
背中で先輩方の謡を聞いて、「ここはこういう位取りで謡うんだな」ですとか、ここは囃子方の特別な手があるんだ、とか。
また実際の舞台を見てシテやツレの動きを見て、このお能はこういう気持ちで演じるのだとか、そういったことを地謡の前列で勉強しました

ですから、五雲会というのは本格の能公演でありつつ、若い人たちにとっての大変な研鑽の場でもあるわけです
今でこそ(私も)五雲会や宝生会で地頭をやるようにもなりましたが、これらの蓄積があってこそだと感じています

■お若かった当時のことで印象深かったことをお聞かせください

楽屋の雰囲気が今とは違いましたね。
近藤乾三先生をはじめとするお歴々が楽屋に勢揃いしてピタッと姿勢よく厳しい表情で座っていらっしゃる
胡坐をかく人は一人もいませんし、雑談もありません
楽屋の隅から隅までピーンと緊張が張りつめていた、宝生会の楽屋というのは特別な雰囲気だったんです
三役の方々も(当時のことを)皆そのように仰います
楽屋で謡本を見るなどということは言語道断で、「楽屋へ来る前に全部頭に入れてこい」と言われていました

■その楽屋の雰囲気が五雲会の公演の時もあったのですか?

五雲会でも申し合わせの時から、近藤乾三先生、髙橋進先生、田中幾之助先生がワキ正面の一番後ろに座って、終わった後すぐに指導や助言をしてくださいました
具合が悪ければ「もういっぺんやり直し」と言って、三役の方へも悪ければガンガン言って下さる
(先生方は)一つのお能を作るために、出演者全員がきちんとしているかどうかを見て下さっていたのですね
先生方は本公演の時も見て下さいますから、舞台へ立つときは観客の方がもいらっしゃいますが我々には横の目(ワキ正面の一番後ろの先生方)も怖かったですね

■五雲会に初めてご出演された時のことをお聞かせください

19歳の時、私の初シテは「禅師曽我」、場所は梅若能楽学院で舞いました
その当時(昭和53年)、前の宝生能楽堂(空襲で焼失し、昭和25年再建)を建て直すことになり、昭和52年から新築のための解体工事が始まっていました
(現在の能楽堂は昭和54年に完成)
建て直しの間、梅若能楽学院で定例能をやっていたんですね


■苦労した曲はありますか

まだ能を三、四番しか舞っていない、21か22の頃でしょうか。
「是界」という曲をやることになりまして、「まだ無理なのではないか」と私よりも父(金井章師)が焦っていました
力がまだ足りないわけですね
中国の天狗の首領、大天狗の役ですから、貫録から何からすべて足りないんです
稽古しかないですよね
家元にも父にも怒られまして、必死でやりました
考えるというより、ただがむしゃらに、とにかく稽古を受けたとおりやるしかない、と勤めました
実際に、これはやはり苦労しました


今回で五雲会でのシテは最後とし、若手にその場を譲られます

どうぞお見逃しなく

今後の宝生会、別会でのさらなる活躍に期待が高まります

益々目が離せません!!


サイト更新情報

●11/13・・・お待たせしました!! 11月18日(土)正午始 五雲会のシテ出演「咸陽宮」、そして「五雲会」に寄せたインタビュー[雄資の部屋]に掲載しました

紫雲会秋の会(11月5日)、よろしくお願い申し上げます!!

●10/4・・・金井雄資師のご友人が関わられた[本の紹介]を掲載しました

※一部金井雄資師についての記述もあります!!

●10/4・・・平成29年10月、11月の出演予定(雄資師)を掲載しました

※今月も大変遅くなりまして、誠に申し訳ありません

●9/2・・・平成29年9月の出演予定(雄資師)を掲載しました

※大変遅くなりまして、誠に申し訳ありません

 今月は盛りだくさんです!

●7/8・・・平成29年7月、8月の出演予定(雄資師)を掲載しました

※大変遅くなりまして、誠に申し訳ありません

●7/・・・7月9日(日)FMラジオ出演を掲載しました

※お聞きのがしなく!!

●6/21・・・月29日(木)国立能楽堂のシテ出演「融 思立之出・笏之舞に寄せた談話をに掲載しました→コチラ

●6/13・・・平成29年6月の出演予定(雄資師)を掲載しました

●4/25・・・平成29年5月の出演予定(雄資師)を掲載しました

●4/16・・・4月23日(日)は芦雲会ではなく、芦の会の出演でした。申し訳ありません。訂正の上、情報を追記致しました。

●3/26・・・4月9日(日)月並能のシテ出演「雲林院」に寄せたロングインタビューを[雄資の部屋]に掲載しました

●3/19・・・2017年のシテ出演2件新情報を掲載しました。8月31日渋川市民会館、9月3日桐生市市民文化会館(シルクホール)です

●3/11・・・3月20日(祝)の吟松会の番外仕舞「富士太鼓」に決まりました

●2/28・・・平成29年3月の出演予定(雄資師)を掲載しました

●1/22・・・1月29日(日)国立能楽堂1月特別公演のシテ出演「錦戸」に寄せた談話と2014年シテ出演時のインタビュー(再掲)を[雄資の部屋]に掲載しました

●1/22・・・平成29年2月の出演予定(雄資師)を掲載しました

●1/10・・・1月14日(土)五雲会の賢郎師シテ出演「花月」に寄せたインタビューを[賢郎の扉]に掲載しました

●1/7・・・平成29年1月五雲会シテ出演(賢郎師)タイトルバナーを掲載しました

●1/1・・・平成29年1月の出演予定(雄資師)を掲載しました

●1/1・・・トップページに新春ご挨拶を掲載しました

●12/9・・・12月17日(土)五雲会のシテ出演「天鼓」に寄せたロングインタビューを[雄資の部屋]に掲載しました

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