「三井寺」は、生き別れた母子の再会を軸に、中秋の名月と三井寺の鐘が織りなされている、秋の情趣を感じるにふさわしい作品です。本曲は、シテの霊夢、三井寺への道行、鐘の段、狂言役者(門前の男・能力)の活躍、母子の再会など、見どころが多くあります。
本曲の舞台である三井寺は、滋賀県大津市の琵琶湖畔に位置する天台宗寺門派(じもんは)の総本山で、正式名称は園城寺(おんじょうじ)です。三井寺の鐘の響きは美しく、日本の三名鐘のひとつに挙げられています。この鐘は、俵藤太秀郷(たわらのとうたひでさと。平将門の乱を平定した平安時代の武将)が大百足(おおむかで)退治の返礼として、龍宮から贈られた宝物のひとつであるという伝説があり(『太平記』巻十五など)、本曲の詞章にある「秀郷とやらんの、龍宮より取りて帰りし鐘なれば……」は、この伝承を踏まえています。
本曲の謡の美しさは、「謡・三井寺、能・松風」と称されていることから窺えます。漢詩句が散りばめられた「鐘の段」(許し給へや人々よ~眺めをりて明かさん)には、「諸行無常、是生滅法(ぜしょうめっぽう)、生滅々已(しょうめつめつい)、寂滅為楽(じゃくめついらく)」と『涅槃経』の偈(げ)が織りこまれており、鐘の音と現世の無常が重ねあわされて、観る者の心に力強く響いてきます。舞台上には、実物よりもミニチュア化された鐘楼の作リ物が出されます。わが子の身を案じる母が、だんだん心昂ぶり鐘を撞く姿は、本曲のクライマックスになっています。さらに、[クリ・サシ・クセ]では、鐘にまつわる和歌や漢詩句などが次々に引用されて、琵琶湖に三井寺の鐘が鳴る情景を浮かびあがらせます。
他の女物狂能の場合、肉親・恋人が生き別れの大切な人を求めて語り舞ううちに狂乱するのですが、本曲のシテは、前半は座ったまま動かず(居グセ)、後半も静謐な空気を纏っています。本曲の女物狂は、能力の制止に「団々として……」の詩句を援用して説破するなど、古典に造詣が深い理知的な女性として描かれているのが特徴です(詩句は典拠未詳)。そのため、室町時代末期には、母親の狂乱は方便であるという説も生まれました。
本曲は、狂言役者が要所要所で活躍することも特徴です。前半は夢占いの男が、「尋ぬる人に近江国、わが子を三井寺」とシテの霊夢を夢解きし、後半の名月を愛でる宴の場では能力が大蔵流狂言小舞「いたいけしたるもの」(和泉流「小弓」)などを謡い舞い、興を添えます。能力は三井寺の鐘の音色を「ジャンモンモンモン」と己の声で表現し、シテはこの鐘の音に導かれて、母子再会のきっかけとなっています。
(井上 愛)