「俊寛」あらすじと見どころ

あらすじ

 時は平安末期。平家一門が権勢を誇る時代に、太政大臣・平清盛の

失脚を狙う陰謀が発覚します。その陰謀の首謀者のひとりであった俊寛

僧都は、平判官康頼(へいはんがんやすより)、丹波少将藤原成経(ふじ

わらのなりつね)とともに捕らえられ、鬼界島に流罪となりました。しかし、

高倉天皇の中宮、清盛の娘・徳子(後の建礼門院)の懐妊にともなう大赦

により、赦免使が派遣されることになりました。

 

 都にいる時から熊野参詣三十三度を立願していた康頼と成経は、鬼界

島に勧請した三熊野を順礼しています。そこに俊寛が「酒を持って迎え

に来た」と言って二人を迎えます。酒に見立てた谷水を酌みかわして

いるところへ、赦免使が到着します。しかし、赦免状に書かれているのは

康頼と成経の二人だけで、俊寛の名はありませんでした。

 

 出航しようとする纜(ともづな)に取りつき、離れようとしない俊寛。赦免

使は無情にも纜を断ち切って、沖へと出て行きます。

船上から成経・康頼は俊寛の帰洛を取りはからうと叫び、俊寛も頼むぞ

と声をかけますが、やがてその声も聞こえなくなり、船影は消えていくの

でした。

 

鑑賞の手引き

「俊寛」は、孤島にひとり残される俊寛を描いた作品で、舞の要素のない

異色の劇能です。通常の能において、現実に生きる男を演じる際は直面

(ひためん)ですが、能〈俊寛〉の俊寛は、諦観のなかにも剛毅さを滲ませる

専用面「俊寛」を用いるのが特徴です。

 

本曲は、『平家物語』を本説にしています。俊寛は後白河法皇の側近で、

法皇主催の仏事を取り仕切る立場にいました。『平家物語』には旧来の

貴族勢力を中心として、京都東山・鹿ヶ谷の山荘(俊寛の別荘)で平氏

打倒の謀議を謀ったことが描かれています。世に云う「鹿ヶ谷事件」です。

その謀議が密告によって発覚し、俊寛、康頼、成経の三人は、鬼界島に

流罪となりました。鬼界島は日本の最果ての地とされた重罪人の流刑地

で、硫黄島とも言われています。ちなみに、東京都の硫黄島とは別の島です。

 

前半の見どころは、俊寛の登場場面から三人で酒に見立てた谷水を

酌み交わす場面です。俊寛が水桶を傾け二人に酌をする所作をしますが、

着座して謡のみの場合もあります。

 

困窮の日々を送る俊寛が、登場場面で口ずさむ「玉兎(ぎょくと)昼眠る

雲母(うんぽ)の地、金雞(きんけい)夜宿(しゅく)す不萌(ふぼう)の枝」は、

「玉兎(月)」は昼眠り、「金雞(太陽)」は夜眠るので、各々その光を発せぬ

という意味で、虚しい日々を過ごす自身を比喩しています。この詩句の

典拠は不明ですが、禅林の詩句と推定されています。

 

 後半は、赦免使の登場、大赦の告知、俊寛の絶望、そして船の出航と

見せ場の連続です。赦免使が登場する際に、橋掛りに舟の作リ物が

置かれます。本曲では船の作リ物を用いて橋掛りの遠近感が効果的に

演出される場合が多いのですが、舟の作リ物や纜のない演出もあります。

 

赦免使から赦免状を受け取りながら、自分では読まずに康頼に読ま

せる場面では、豪放な俊寛の怯えが垣間見えます。自分の名がないと、

赦免状を裏返し、見返し、礼紙にあるのではと巻き返す所作は、俊寛の

焦り、おののきが全身から溢れるようです。纜にすがりつく俊寛を赦免使

が払いのける場面、さらには沖から都で「よきやうに申」すと云う二人に、

浜辺から「頼むぞよ」と期待をかける俊寛の場面は、観る者の心を締め

つけるでしょう。

                                      (文・ 井上 愛)

●能「野宮」の概要を教えてください

本三番目物(鬘物)の中でも別格と言われる曲です。
晩秋の嵯峨野、野宮の旧跡を訪れた旅僧の前に榊を持った女が現れ、光源氏が六条御息所の元を訪れた往時を偲び、自分こそが御息所の亡霊と告げ、黒木の鳥居の陰に姿を消します。
僧が回向をすると御息所の亡霊が牛車に乗っている態で現れ、源氏との悲痛な別れの原因となった車争いの無念を語り、妄執からの救済を訴え万感の思いを込めて舞います。
●「野宮」が鬘物の中でも大曲と言われる所以はどういったところでしょうか

世阿弥作の井筒も傑作であるのですが、その恋情の複雑さの差もあり、曲の構成は断然野宮が上等、執心と解脱の境を彷徨う貴婦人の想いを表現するには相当の芸力が必要です。
序ノ舞に続けて破ノ舞が組み込まれているのも特別です。これによって野宮は狂女の側面を持つことになります。
●この曲を演じるとき、御息所の心情をどのように自分の中に取り込んでおられますか?

皇太子妃であった御息所が早くに夫を失い、若き源氏に出会いますが報われる恋愛ではありません。
さらに車争いの屈辱は御息所の決定的な敗北となり、斎宮となる娘に付き添い都を離れますが、この激烈な恋情の執心は終に癒される事無くこの世を去ります。
こういった物語の背景は当然ながら理解をしていないといけません。そして鎮魂されたい願いを自分に取り込まなければなりません。

●同じ六条の御息所を扱った作品でも、「葵上」が動だとすれば、「野宮」は静である印象です
 同じ人物の演じ分けに苦労された点などはありますでしょうか

演じ分けに苦労は有りません。それ程この二曲は異なります。葵上では恨みから生霊となります。この時はまだ源氏の愛を取り戻したい願いもある。野宮は彷徨う亡霊です。源氏物語では御息所は死霊となって源氏の妻たちにまたもや憑りつきますが、能では木枯らし吹く森の野宮の寂しさそのままに、御息所の荒涼とした心の風景を静かに、しかし御息所の想いは実はかなり強く描いていきます。

●「葵上」が鬼女(生霊)となる最期と対照的に、「野宮」の最期は物悲しく美しいと思うのですが、その静なる美しさの中で、舞台に緊張感を生み出すために意識されていることはありますか

姿は美しくないといけませんが、野宮は御息所が執心の苦界から解脱して救われるかが主題です。
終始緊張していないといけません。

●他の源氏物語を題材にした能(「葵上」「須磨源氏」など)と比べて、演じる難しさや魅力はどこにありますか?

それぞれに趣きも違いますし演じ方も違いますが、源氏物語を題材にした曲の中で野宮は最高傑作です。曲の構成、舞事、謡、全てが別格です。この能が上手く上演出来たら、その感動も一際と思います。

●謡の聞かせどころを教えてくださ

草葉に荒れた野宮の有様を謡う初同(最初の地謡)、娘に付き添い嵯峨へ向かう道行を謡うクセの後半、それぞれに美しい詞章と共に秋の寂寥を表現します。そして車争いを表す激しい場面から舞を挟んで最後の鳥居をめぐるクライマックス、火宅留と呼ばれる特殊な終わり方も聞きどころです。

●地謡や囃子との呼吸合わせで「野宮」ならではの難しさはありますか?

これはどの曲でも同じですが、全てのパートの気持ちが合わなければ良いものは作れません。
これだけの難曲ですから終始難しいです。

●一番の見どころはどの部分でしょうか

煩悩の世界と解脱の世界を隔てているのが黒木の鳥居です。
これを踏み越えようと足を踏み出す型があります。なかなか形にし難く厄介な型です。
しかし野宮を象徴する型といえます。最後の最後にこの見せ場が来ます。

●観客の皆様にメッセージをお願いいたします

仕舞や舞囃子でも多く上演の機会がある人気曲ですが、難解な大曲です。
40代のかなり若い時に舞いましたが、何もわかっていなかったと悔恨しています。
単なる王朝絵巻でない、死んで尚妄執に捕らわれる一人の貴婦人の心象を描ければと考えています。

関連リンク

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雄資師12月20日(土)して出演「野宮」インタビューを「雄資の部屋」に掲載しております 是非ご一読ください!!
雄資師10月、11月の予定を掲載しております
賢郎師シテ出演 宝生能楽堂3月定期公演 『須磨源氏』のインタビュー賢郎の扉に掲載しました(トップページバナークリックでもご覧頂けます)
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