「須磨源氏」公開前原稿

■「須磨源氏」への印象をお聞かせください

不思議なお話です。まずワキの藤原興範が日向の国の社官として登場しますが、史実では貴族であり、しかも紫式部より百年も以前の人物です。この人が光源氏の旧跡である須磨の若木の桜を訪れることからして、異様に感じます。
しかしとても簡潔にまとまっています。源氏物語を題材にしたほかの曲が女性の執心に焦点を当てているのに対し、光源氏の功績を讃えるに留まっていて、小品ながら能らしい構成といえると思います。

■前シテは老翁でご自身の年齢とかけ離れています。こうした老人のお役を勤められる時にどんなことに配慮されていますか

カマエを変え、ハコビにも気を配ります。わざと猫背にする、というような誇張表現はせず、老人の本質を身体の内側から滲み出させます。至難のわざですが、今まで試行錯誤は散々してきましたから、その経験を活かせるように励みます。
一方で謡のほうは明確に「位」が決まっています。寂れていて、侘しく、しかし力強く一本の線が通っていないといけません。本曲であれば気品も求められるでしょう。針の穴を通すような繊細な作業です。


■一方で後シテはご自身と近い印象ですが、そうした場合は自然体でなさるのでしょうか。もしくは逆に苦慮するものでしょうか

光源氏という伝説上の貴公子の役ですから、色々と気を付けることも御座います。少なくとも、幕から出て幕へ帰るまで、終始美しくなければいけないと思います。

■後場の幽玄で軽やかな感じはどのように表現されるのでしょうか
源氏物語の須磨の巻で、光源氏は海辺で禊をします。その折に雨風が吹いて「かくて世は尽きぬるにや」というほどの嵐になります。キリの詞章はまさにそれを反映しているかのようで大変美麗、かつ勢いがあります。
早舞もふくめ、能とはいえ音楽であり、音に身体が呼応するのが舞踊ですから、抵抗することなく自然に身体が動けば良いと思います。勿論、充分に修練を積んだうえで、ですが。


■地謡の聞かせどころを教えてください


やはりクセでしょうか。居クセ(シテが舞わず、正中に坐したままのクセ)ですが、光源氏の半生を巻名とともに綴ったクセは本曲の中核を成しています。
 

■美しい詞章が並びますが、本曲でご自身が好きな詞章を教えてください

クセの後のロンギで、源氏の旧跡を改めて教えてほしいと言われ、「いずくともいさ白波のここもとは。皆そのあとと夕暮の(さあどこであろうか、言うなればすべて旧跡であるが…)」と言うところ、明言せず夢か現か、わからないような朧な情感を出しているところが面白いですね。

■今後のご活動についてお聞かせください
公演のみならず全国で普及、指導に邁進してまいります。わかりやすく、しかし本質はぶらさず、能を広めていきたいと思います
 

■観能される皆様に一言お願いします

栄華と遊興を極めた遊び人という印象の光源氏ですが、須磨に蟄居して侘しい生活をしていた数年間をテーマにしています。想像を膨らまして、楽しんで頂きたいと思います。

・此度は「石橋」を披かれますこと、誠におめでとうございます
    まずは一言お願いできますでしょうか

有難う御座います。決して道のりは易しいものではなかったと染み染み思いますが、多くの方に支えて頂きながら本曲に辿り着きました
光栄至極、万感の思いです


・今回の披きは、ご自身にとってどのような節目と感じておられますか

能楽師としては道半ばですが、「石橋」がある意味での一つの山の頂きだと思います
今まで地謡として何度も本曲に携わって来たからこそ、いざ舞う側として務める際の心積もりは激烈という言葉に尽きます


・今「石橋」を披かれること、満を持してとお見受けしますが、ご自身のご感想はいかがでしょうか

三十六歳になり、若干の体力の衰えは感じます…が、情熱だけは少しも昔と変わりません

・ご自身が感じられる「石橋」の難しさはどのような点でしょうか

本曲において言葉は不要です より強く、高く、早く、堅く、勿論のこと型を乱さず美しく…ということに尽きます


・初同からクリ、クセと繰り返し語られる橋の狭さ・谷の深さ・苔の滑らかさは、どのような効果をもたらしていると思われますか

石橋の向こうとは、謂わば涅槃であり、六道輪廻からの解脱、つまりまず死ぬことを意味しておりますから、しっかり人生を見つめ直して修行を積み直しなさい、易い道ではないですよ…と言ってる訳ですね  それが能楽師としての道程とも重なっているわけですが、後半、シテ:獅子が思う存分に橋の上で勇壮に舞い、修行の成果を発揮しなければならないという芸事上での戒めになっていると思います


・その中でも謡の聴き所はどこだとお考えですか

クセ「虹をかける姿」あたりは特徴的な謡で石橋の特別感を演出します そして後の「獅子団乱旋の〜」からは血反吐を吐くごとく、と言い伝わる、悲壮なまでに激烈な箇所です 謡宝生の思想性を強く反映していると言えるでしょう
・獅子の舞いについてお伺いします 体幹・足運び・呼吸など、身体的に特に意識している点はありますか

すべて積み重ねて来たものです 研究はしますが、意識は不要です


・囃子方との緊張感あふれるやりとりで、気を付けていることはございますか

ありません 場を呑むだけです

・「石橋」後のご自身の目指す能楽師像がありましたらお聞かせください

時に怒涛、時に月夜のように、変幻自在に舞いたいですね
毎回「前に舞った時と別の人?」と思われる能楽師でありたいです


・最後に、後援されている皆様へ一言お願いいたします

去年から今年にかけ、私生活でも大きな変化が御座いました たゆむことなく精進したいと思います
来年4月には道成寺を披かせて頂きます
是非とも能楽堂でお見届けください

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