国立能楽堂 六月企画公演 「融」に寄せて

■「融」と小書

 

-今回の「融」には大変珍しい小書(特殊演出)がついていますね

 

今回の「笏之舞」という小書の他にも、「遊曲」(2007年にシテを勤める)、「酌之舞」など、「融」には高度で複雑な小書が沢山あります。それぞれに名演出です。間違いなく世阿弥の代表作の一つであり、特別な曲だと言えますね。先人達がこの能に対して深い思いを持っていた事が分かります。それぞれが音楽的に粋を凝らした特殊演出です。


 

-「笏之舞」についてお聞かせください

 

貴族が持つ笏(しゃく)を使用する曲はこの融、しかも笏之舞の小書が付いた時だけです。

笏を使って多く型をする訳ではありませんが、束帯姿の貴公子が笏を構え持っているだけで、相当に風情が出ます。後シテの早舞は大幅に変わります。


「翁」に“天地人”の拍子というのがあります。

舞台を三角に動いて、それぞれ天の拍子、地の拍子、人の拍子を踏むものですが、これと同じ動きが舞の序の部分にあって、それから早舞に入っていきます。

また早舞の途中に、クツロギといって、橋掛りを幕際まで行き又舞台に戻ってくるという型が入ります。全体を通して囃子の複雑で高度な手組に合わせて舞います。この「笏之舞」では、太鼓が特に重い習い(通常とは違う、特別な演奏)の曲となっています。


以前勤めた「遊曲」は40年ぶりの上演でしたが、それと同様に「笏之舞」自体もなかなか上演されない小書です。2000年以降に一度、宝生会の別会で上演されたことがありますが、今回はその時とは囃子方の流儀が違うため手組も変わりますので、一からの取り組みとなります。


■蝋燭能について

 

-蝋燭能とは、こちらも珍しい試みですね


電気的な照明ではなく自然光で能を観ることは、現代でも大分以前から試みられていますが、大きな能楽堂となりますと、相当な光量が必要になりますし、蝋燭だけの光でお客様にお見せするのは難しいのですが、国立能楽堂の場合は(百目蝋燭の様な)太い蝋燭を相当量設置します。


おそらく、見所からは良い雰囲気になるのではと想像します。炎の揺らめきなどによって装束や能面の陰影がいつもと違って見えるのではないでしょうか。融の大臣の恨みや執心がよりクローズアップされるかもしれませんね。

 


-演者の方にとって蝋燭能はいかがですか

 

以前、蝋燭能に地頭で出演したことがありますが、シテの視界は本当に大丈夫かと心配するほど暗かったです。

今回も実際の明かりを見てみないと分かりませんが、汐を汲む型で舞台先端まで行き舞台より下へ水桶を下す動きがあります。つま先を框の外に出さないと出来ません。それが少々心配です。

 

「融」は私のイメージでは、波濤に日の光が弾けている様な日中の大きな景色があったので、蠟燭能はどうかな?と思ったのですが、「笏之舞」の様な狂気じみた長い舞の「融」であれば、蝋燭能は合っているかもしれません。


■“源融”という人物を演じる

 

-今回の見どころをお聞かせください


ワキの「思立之出」というのも小書です。通常ワキは登場してから名乗りを謡うのですが、幕から「思い立つ心を知るべ雲を分け」と謡いながら登場する演出になります。


見どころはやはり小書の舞となるでしょう。今回の一番のメイン、見せ場です。


但し「融」は世阿弥の代表作ですし、崇高で玲瓏な名曲です。優雅、風雅さといった表面だけでなく、融の大臣という複雑な人物像(実際は亡霊)を描けなければなりません。


六条河原院の大邸宅に毎日三千人の人足が難波津から潮水を運び、海を再現して塩を焼かせ一生御遊の便りとしたというのですが、それは嵯峨天皇の皇子だった融が、藤原氏の為に皇位継承争いに敗れ、国を支配できなかった現実を受け入れられず、虚構の帝国を作ったという事だと思います。しかしこの豪邸も融大臣没後見る影無く荒廃します。

融には憤懣があると思いますよ。あまりそういう暗さというか影の部分は描かれていませんが、前シテは涙するくらい強烈に昔を懐かしみます。一方、後シテでは何かに取り憑かれたように延々と舞います。優雅や風雅を超越した執心がそこにあるのですね。



-特に注力されている点はどういったところでしょうか

 

「笏之舞」という複雑な舞をしっかり舞いきることが課題です。

数十年に一度出るかでないかの小書ですので、大事に正しく舞いたいです。亀井忠雄先生始め囃子方の四方ともしっかり打ち合わせをしなければなりません。また、笏はこの能でしか出ないものですので、扱いをきちんと考えなければならないと思っています。



数十年に一度出るかどうかの小書である上に、蝋燭のでの上演です

どうぞお見逃しなく、是非とも国立能楽堂にお集いください

●能「野宮」の概要を教えてください

本三番目物(鬘物)の中でも別格と言われる曲です。
晩秋の嵯峨野、野宮の旧跡を訪れた旅僧の前に榊を持った女が現れ、光源氏が六条御息所の元を訪れた往時を偲び、自分こそが御息所の亡霊と告げ、黒木の鳥居の陰に姿を消します。
僧が回向をすると御息所の亡霊が牛車に乗っている態で現れ、源氏との悲痛な別れの原因となった車争いの無念を語り、妄執からの救済を訴え万感の思いを込めて舞います。
●「野宮」が鬘物の中でも大曲と言われる所以はどういったところでしょうか

世阿弥作の井筒も傑作であるのですが、その恋情の複雑さの差もあり、曲の構成は断然野宮が上等、執心と解脱の境を彷徨う貴婦人の想いを表現するには相当の芸力が必要です。
序ノ舞に続けて破ノ舞が組み込まれているのも特別です。これによって野宮は狂女の側面を持つことになります。
●この曲を演じるとき、御息所の心情をどのように自分の中に取り込んでおられますか?

皇太子妃であった御息所が早くに夫を失い、若き源氏に出会いますが報われる恋愛ではありません。
さらに車争いの屈辱は御息所の決定的な敗北となり、斎宮となる娘に付き添い都を離れますが、この激烈な恋情の執心は終に癒される事無くこの世を去ります。
こういった物語の背景は当然ながら理解をしていないといけません。そして鎮魂されたい願いを自分に取り込まなければなりません。

●同じ六条の御息所を扱った作品でも、「葵上」が動だとすれば、「野宮」は静である印象です
 同じ人物の演じ分けに苦労された点などはありますでしょうか

演じ分けに苦労は有りません。それ程この二曲は異なります。葵上では恨みから生霊となります。この時はまだ源氏の愛を取り戻したい願いもある。野宮は彷徨う亡霊です。源氏物語では御息所は死霊となって源氏の妻たちにまたもや憑りつきますが、能では木枯らし吹く森の野宮の寂しさそのままに、御息所の荒涼とした心の風景を静かに、しかし御息所の想いは実はかなり強く描いていきます。

●「葵上」が鬼女(生霊)となる最期と対照的に、「野宮」の最期は物悲しく美しいと思うのですが、その静なる美しさの中で、舞台に緊張感を生み出すために意識されていることはありますか

姿は美しくないといけませんが、野宮は御息所が執心の苦界から解脱して救われるかが主題です。
終始緊張していないといけません。

●他の源氏物語を題材にした能(「葵上」「須磨源氏」など)と比べて、演じる難しさや魅力はどこにありますか?

それぞれに趣きも違いますし演じ方も違いますが、源氏物語を題材にした曲の中で野宮は最高傑作です。曲の構成、舞事、謡、全てが別格です。この能が上手く上演出来たら、その感動も一際と思います。

●謡の聞かせどころを教えてくださ

草葉に荒れた野宮の有様を謡う初同(最初の地謡)、娘に付き添い嵯峨へ向かう道行を謡うクセの後半、それぞれに美しい詞章と共に秋の寂寥を表現します。そして車争いを表す激しい場面から舞を挟んで最後の鳥居をめぐるクライマックス、火宅留と呼ばれる特殊な終わり方も聞きどころです。

●地謡や囃子との呼吸合わせで「野宮」ならではの難しさはありますか?

これはどの曲でも同じですが、全てのパートの気持ちが合わなければ良いものは作れません。
これだけの難曲ですから終始難しいです。

●一番の見どころはどの部分でしょうか

煩悩の世界と解脱の世界を隔てているのが黒木の鳥居です。
これを踏み越えようと足を踏み出す型があります。なかなか形にし難く厄介な型です。
しかし野宮を象徴する型といえます。最後の最後にこの見せ場が来ます。

●観客の皆様にメッセージをお願いいたします

仕舞や舞囃子でも多く上演の機会がある人気曲ですが、難解な大曲です。
40代のかなり若い時に舞いましたが、何もわかっていなかったと悔恨しています。
単なる王朝絵巻でない、死んで尚妄執に捕らわれる一人の貴婦人の心象を描ければと考えています。

関連リンク

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公益社団法人能楽協会

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雄資師12月20日(土)して出演「野宮」インタビューを「雄資の部屋」に掲載しております 是非ご一読ください!!
雄資師10月、11月の予定を掲載しております
賢郎師シテ出演 宝生能楽堂3月定期公演 『須磨源氏』のインタビュー賢郎の扉に掲載しました(トップページバナークリックでもご覧頂けます)
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